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平成養生訓
人生にエッセンス、医療ジャーナリストの“丸山寛之さん”が綴る、平成養生訓を紹介いたします。
Vol.182010年4月22日
ベートーベンになった話 医療ジャーナリスト
卯の花腐し。梅雨前の5月の後半ごろに降る長雨をそう呼ぶと、歳時記にあります。
情調の感じられる言葉です。
病み呆けて泣けば卯の花腐しかな 石橋秀野
長い連休が明けて、はっきりしない天気がぐずぐず続いていた日々、この季語が幾度となく頭に浮かびました。「腐ったのは花ではない。おれだ」と思ったりもしました。
5月11日の朝、目覚めて寝床に体を起こしたときのことです。左耳がボアーンと詰まっている感じでした。ヒコーキなどで同じ症状が生じたばあいの解消法(口を閉じ、鼻をつまみ「ウッ」とやる)を試みたのですが、直りません。このとき聴力はまだいくらか残っていました。が、時間と共にどんどん低下、夜には完全な聾状態に陥りました。
翌日、耳鼻咽喉科の専門病院を受診。頭部のCT、聴力検査などのあとの問診(医師が紙に記す質問に口で答える)で、「めまいは?」と聞かれました。メニエール病を疑ったのでしょう。「なかったです」と答えました。
「原因は何でしょう?」と質問したら、先生は、頭をひねり、紙の上に???と疑問符を3個並べました。
「がんとの関係は?」とたずねると、「それはない」と、胸の前で両手を交差し、元に戻しました。
原因不明ながら、連続12日間の「混合ガス治療」と神経賦活剤の点滴治療を即刻開始することになりました。混合ガス治療とは、純酸素に5%の炭酸ガスを混ぜたガスを吸入し、内耳への血流を増やす治療法だそうです。
しかし、治療の1単位が終っても聴力は回復せず、今も完全な失聴状態が続いています。病名は「急性感音難聴」、原因はやはり不明と言われました。普通、片耳が障害されても、もう一方の耳が健全なら、さほど不自由は感じないものです。私自身、十数年前に右耳の「高度感音難聴」に見舞われて以来、左耳だけで暮らしてきました。
しかし、その左耳もダメになったのですから、万事休すです。頭の中のセミしぐれのほかは、周囲は全く無音の世界。音を消したテレビの画面を見ている感じです。
対面する相手が何か言っても、さっぱりわかりません。相手はいちいち紙に書いて示さなねばならず、こちらはそれを一読、口でしゃべればいいので、全然世話なし。いま夫婦ゲンカをやれば完勝、疑いなしです。
ところで、私はもう一つ病気を持っていて、今年で7年目の前立腺がん患者です。故三波春夫さんは同病の先輩、1歳年少の陛下は恐れ多いことですが後輩に当たります。で、かねがね「歌のうまい人と高貴なかたがかかるガンなのだ」と軽口をたたいてきました。そこへ今度は聾が加わったのですから、三波春夫+ベートーベン(晩年は全聾でした)というわけです。
ま、人間、長生きしていると、いろいろな目に遭うのは仕方がありません。一時はかなりおたおたと気弱くあわてたりもしましたが、また、この先どんな展開になるのかもわかりませんが、たぶん大丈夫。自分なりに生きていけるだろうと思います。
耳が聴こえないぐらい何も恐れることはない。恐れなければならないのは心の声の聾者になることだ。そう思うのです。














